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キュウリとトマトに学ぶ、AI時代の企業成長戦略

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夏の晴れた日の午後、縁側から庭の畑をぼんやりと眺めていた。青々と茂るキュウリの葉と、真っ赤に色づき始めたトマトの実。同じ「野菜を育てる」という営みのはずなのに、その栽培方法が全く異なることを知ったとき、ふと、これは企業の成長戦略そのものを映し出しているように思えてきた。


キュウリとトマトの栽培戦略による「目的の違い」


まずは、彼ら二つの野菜が、実際に畑でどのように育てられているのかを見てみよう。ここには、それぞれの野菜が持つ特性を最大限に活かすための、明確な「栽培戦略」が存在する。


キュウリの栽培戦略とは、数を最大化する「多収穫型」


キュウリは、まさに生命力のかたまりだ。放っておけばどこまでもツルを伸ばし、葉を広げる。その栽培戦略は、この旺盛な生命力を利用して「全体としての収穫量を最大化する」ことにある。

一般的なキュウリ栽培では、親ヅル(最初に伸びる主枝)が肘丈くらいまで伸びたところで、その先端を「摘心(てきしん)」することが多い。これは、親ヅルの上への成長を意図的に止める作業だ。するとどうなるか? 親ヅルに集中していた養分が、その葉の付け根から伸びる「わき芽」、つまり「子ヅル」へと一気に流れ込む。

この子ヅルこそが、キュウリの第二、第三の主役となる。子ヅルからもさらに「孫ヅル」が伸び、それらにも次々とキュウリの実がつくのだ。親ヅル一本に頼るのではなく、複数のツルに実をつけさせることで、畑全体として、あるいは株全体として、より多くのキュウリを収穫しようという戦略なのだ。

キュウリの実は、水分が多く、強烈な個性的な「味」があるわけではない。しかし、そのシャキシャキとした食感、みずみずしさ、そしてどんな料理にも合う汎用性は、日本の食卓に欠かせない。大量に安定して収穫できることで、食卓に常に「あって当たり前」の存在であり続けている。


トマトの栽培戦略とは品質と大きさを追求する「一点集中型」


一方、トマトの栽培は、キュウリとは対照的だ。トマトもわき芽を出すが、一般的な栽培では、これらのわき芽はまだ小さいうちに「わき芽かき」として取り除かれる。一本の主枝を太く、まっすぐに育てることに全力を注ぐのだ。

なぜなら、トマトは、養分を分散させすぎると、一つ一つの実が小さくなり、味が薄くなってしまう。トマト農家が目指すのは、ただ数多く実らせることではない。甘み、酸味、そして「旨味」がぎゅっと凝縮された、大きく、質の良い実を収穫すること。特定のブランドトマトが「フルーツのような甘さ」と賞賛されるのは、こうした集中管理の賜物だ。

トマトは、サラダの主役となり、パスタソースの要となり、その「味」が料理全体の印象を大きく左右する。消費者は、単に赤い実を求めるのではなく、「このトマトは美味しい」という品質と個性を求めてトマトを選ぶのだ。


畑から眺める企業の未来


この二つの野菜の栽培戦略は、私たちの身近なビジネス、いや、企業の成長戦略そのものを映し出していることに気づかされる。


キュウリ型企業:広大な市場を捉える「多角化」の道


キュウリが複数のツルに実をつけ、株全体での収穫量と安定性を追求するように、企業もまた「キュウリ型成長戦略」を選ぶことがある。これは、市場が大きく、投入できるリソースも豊富な場合に有効な戦略だ。

この戦略を採る企業は、一つ一つの事業(実)の突出した品質よりも、多様な収益源を持つことによるリスク分散と、全体としての売上・利益の最大化を目指す。まるでどんな料理にも合う汎用的なキュウリのように、幅広い顧客層を対象に、強力な営業力と多様な販売チャネルを通じて、多くの顧客を獲得しようとする。日本の総合商社や、多様なサービスを持つ複合企業がその典型だ。彼らは、個々の「味」の特異性より、常に安定して「供給される」安心感を追求する。


トマト型企業:一点集中で極める「差別化」の道


対照的に、トマトが脇芽を剪定し、主枝に養分を集中させて一つ一つの実の品質と大きさを追求するように、企業もまた「トマト型成長戦略」を選ぶ。これは、限られたリソースの中で、特定の分野に経営資源を集中投下し、その領域で圧倒的な競争優位と最高の品質を追求する戦略だ。

この戦略を採る企業は、市場の規模がどうであれ、自社の核となる強み(技術や独自の顧客体験)を磨き上げ、特定の市場で「一番」になることを目指す。甘みや旨味が重視されるトマトのように、提供する製品やサービスの「味」や「体験」にこだわり抜き、熱狂的なファンを魅了する。Appleや任天堂といった企業は、まさにこの「トマト型」戦略を極め、それぞれの領域で揺るぎない地位を確立してきた。彼らは「量より質」、そして「代替不可能な価値」を追求する。


企業の成長サイクルは、トマトからキュウリ、そしてAIへ


この「キュウリとトマト」の比喩は、企業の成長段階に応じた戦略の変遷をも示唆する。

多くのスタートアップ企業は、まず「トマト型」として産声を上げる。限られたリソースしかない中で、特定のニッチ市場や顧客課題に集中し、そこで「最高の一粒」という初期の成功を収める。この基盤がなければ、次の成長は望めない。

そして、その「トマト」が市場で成功し、十分な資本力、ブランド価値、そして経営ノウハウを蓄積した時、企業は次なるステージへと移行する。

それは、まるで「トマトの穂先にキュウリを接ぎ木する」かのような戦略だ。既存の安定したコア事業を土台に、その養分を使って関連事業や新規事業を多角的に展開し、企業全体としての「実り」と安定性を追求する。GoogleやFacebook(現Meta)の成長軌道は、この「検索/SNSというトマトから、多様な事業を持つキュウリへ」という進化の好例だ。


しかし、物語はここで終わらない。現代社会に突如として現れたAIという存在は、企業に新たな戦略的問いを投げかける。


AI時代における新たな「接ぎ木」の波


AI、特に生成AIは、企業に「新たなトマト」の姿で迫っている。それは、従来の事業を根底から変革し、新たな高付加価値を生み出す可能性を秘めた、未来の成長を牽引する次世代のコア技術となるだろう。その育成には、多大な資源の集中投資が不可欠であり、まさに「脇芽を剪定して養分を注ぎ込む」トマト型の取り組みが求められる。


だが、ここに大きな皮肉がある。この強力な「AIトマト」は、実は「キュウリ型企業」なしには成り立たないのだ。AI、特に機械学習モデルは、大量のデータ、つまり既存の「キュウリ」に例えられるような汎用的な情報、業務プロセス、過去の顧客データ、コンテンツなどが無ければ賢く学習できない。AIトマトが甘く、大きく育つためには、畑に蓄積された膨大な「キュウリ型企業が持つ養分」が不可欠なのだ。

そして、学習すると「キュウリ」を、AIは驚くべき効率で代替し、変革する能力に長けている。


AIトマトがキュウリを「枯らす」現実


AIトマトが既存の「キュウリ」(既存事業や業務プロセス)を「枯らす」というのは、具体的に企業の中で以下のような現象が起こることを意味する。


  • 業務の完全自動化による代替: これまで人手で行われてきた定型的なデータ入力、書類作成、カスタマーサポートの一次対応、あるいはコンテンツ生成といった「キュウリ的な業務」が、AIによって完全に自動化されてしまう。これにより、その業務を担っていた部門や人材は、その存在意義を問われることになる。まるで、AIが畑の多くの部分を覆い尽くし、かつてそこで育っていたきゅうりの実が、もう必要とされなくなるようなものだ。

  • 既存ビジネスモデルの陳腐化: AIがより安価かつ高品質にサービスを提供できるようになると、既存の企業が提供していたサービスや製品(特定のキュウリの品種)は、競争力を失い、市場から陳腐化していく。例えば、AIによる自動翻訳が高精度になれば、従来の翻訳サービスは価値を大きく下げてしまう可能性がある。

  • 市場の縮小・消失: AIの台頭によって、特定の産業や市場そのものが縮小したり、姿を変えたりする。例えば、AIがデザインやコーディングの一部を担うようになれば、下請け的な業務の市場規模は縮小し、多くの企業が立ち行かなくなるかもしれない。これは、AIというトマトが成長する過程で、周囲のキュウリの畑を日陰にしてしまい、養分を独占してしまうようなものだ。


AIトマトがきゅうりを「大きくする」可能性


しかし、悲観することばかりではない。AIトマトは、既存の「キュウリ」を「枯らす」だけでなく、「さらに大きく育てる」可能性も秘めている。

  • 生産性の劇的向上: AIに定型業務を任せることで、人間はより創造的、戦略的な高付加価値業務に集中できるようになる。これにより、企業全体の生産性が飛躍的に向上し、より少ないリソースで多くの「きゅうり」(成果)を生み出せるようになる。

  • 品質と顧客体験の向上: AIがデータを分析し、顧客一人ひとりに合わせたパーソナライズされたサービスを提供することで、既存の「きゅうり」の品質や顧客体験が向上し、顧客ロイヤルティを高めることができる。

  • 新たな価値の創出: AIを活用することで、これまで不可能だった新しい製品やサービス、あるいは既存事業に全く新しい付加価値を与えることが可能になる。これは、単なる「きゅうり」ではなく、「AIが育てた特別なきゅうり」として、新たな市場を切り拓く可能性を秘めている。


AI時代の「接ぎ木」戦略


この複雑なAIという「トマト」を、企業はどのように自社の「キュウリのツル」に「接ぎ木」すべきか?その答えの一つが、「親ヅルに大きく一気に接ぎ木するのではなく、小さな子ヅルに、たくさん接ぎ木する」という戦略だ。


これは、いきなり全社的なシステム変革を目指すのではなく、特定の部署や業務(小さな子ヅル)に限定してAIを導入し、効果を検証しながらリスクを抑えて進めるアプローチを意味する。もしAIの導入がうまくいかなくても、その影響範囲を限定し、既存の事業へのダメージを最小限に抑えることができる。

例えば、情報セキュリティやコスト制約が厳しい地方自治体や中小企業においては、この戦略が極めて有効となる。自社サーバー内で動く「ローカルAI(小型LLMなど)」で日常業務を処理し、高度な機能が必要な場合のみ外部のLLMに接続する「ハイブリッド型AI」が、その具体的な実現形態となるだろう。これにより、AIという「新たなトマト」を、既存の「キュウリ」を枯らすことなく、賢く共存させ、全体を豊かにすることが可能になる。

畑のキュウリとトマトが、それぞれの特性を活かして実りをもたらすように、企業もまた、自社の状況と目指すゴールに応じて、最適な戦略を選び取り、進化し続ける必要がある。AIという新たな「トマト」が次々に登場するこの時代、私たちは畑の知恵に学び、いかにして「安定した親木」を保ちつつ、未来を切り拓く「新たな実り」を育てていくか、その答えを探し続けていかなければならない。

 
 
 

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